音楽と並ぶ父のもう一つの趣味が車である。昔はパジェロだのサファリだのRV趣味だったがそこから変遷し、今は数年前に買ったフォルクスワーゲン・ビートルを愛用している。リニューアルではなく、タイプ1である。60年代に西独で生産されたものらしい。エアコンはない、シートベルトはないという趣味としか言いようのない車であり、日常使いは軽トラと軽自動車が別にある。ビートルは走行会やツーリングで活躍しているらしい。
長男は当然のことながら、この魅力的なフォルムが大好きになった。時には1時間ほども車庫でビートルの周りをぐるぐる回っている。先日、妻と離れて泣いている長男を見て、父は走行会に連れて行くことを提案してくれた。
当日の朝。あまり趣旨がわからないまま、私は長男と私の弟を乗せて軽自動車でビートルにくっ付いて出発した。長男をビートルに乗せてやりたいのは山々だが、何せシートベルトもないのではチャイルドシートが付けられない。30分ほどして、あるコンビニにビートルが入っていった。駐車場にはワーゲンバスが停まっている。車を止め、長男を抱いてバスを見せてもらう。100万もしなかったというビートルと違い、ワーゲンバスは何百万もするらしい(いま中古車サイトで見る限り、最低でも300万というところのようだ)。いつの間にか他にも数台のビートルとワーゲンバスが同じ駐車場に集まってきていた。少し離れたところの銀色のオープンカーはポルシェだそうだ。さすがに目の色を変えて長男を運転席に乗せさせてもらう。私はまったく詳しくないのだが……
総勢8台ほどの車列が動き出した。私の軽自動車も恥ずかしながらついていく。繰り返すが、詳細を聞いていないので振り切られたらどこに行くのか分からない。幸い目立つので、派手な車列の最後尾、一際目立つ銀のポルシェを必死で追いかけた。さらに走ること30分弱、車列は何やら公共ホール的な建物についた。クラシックカーたちはその正面に案内されて入っていく。なんの変哲もない軽自動車は裏手の駐車場。なるほど、イベントの展示に集められているらしい。
最終的に分かったことは、某市の「ものづくり展」の賑やかしのために旧車が集められていたということだ。ワーゲンがやたらと集まった一方で、ミゼットやマツダコスモスポーツ(これが分かるのは帰ってきたウルトラマンのMATビハイクルの原型車だからである)、名前の分からない古い国産車もたくさん集まっていた。
「ものづくり展」も覗いた。雑踏対策がかなり厳重で、わざわざホールに一度通してから段階的に入場となっている。実質はバザーといった趣で、手工芸や手作り弁当などが売られていた。長男がおかまいなしに動き回るので、私たちはすぐに退散せざるを得なかったが……
文化芸術会館のまわりで長男を遊ばせたり、車を見ているうちに昼ごはんを食べに行くことになった。近くにある老舗の洋食屋を紹介された。徒歩8分ということで歩いていくことにしたが、これは判断が甘かった。長男はまずベビーカーに乗らない、横断歩道で立ち止まる、神社に寄ると言って聞かない、などで20分ほどかかってしまった。父や弟と違い、私はこの辺の現実を知らないわけではなかったので、予期して車で行くべきだったと思う。
さらにレストランはちょうど満席になったところで、20分ほど待ってもよければ、とのこと。ここで待つ選択をしたのはあまり分の良い賭けではなかったが、長男を外に出させてみたりしてなんとか過ごす。実際は30分くらい待った。
妻といる時からそうだが、幼児を連れての外食は大人だけの場合とはまるで労力が違う。何を食べさせられるかをまず考えなければいけないのみならず、店内の雰囲気(うるさくても大丈夫か)、提供のスピードを考慮しなくてはならない。特に長男は食い意地が張っており、じっとしていられないのでいつぐずり出すかヒヤヒヤして見ている。
この観点からは飲食店の評価がまた違ってくる。この日のレストランは雰囲気は大丈夫だったが提供にかなり時間がかかった。キッズプレートが出てくるまでに長男がベビーフードを食べ終えてしまい、ぐずり出したのでおやつセットからボーロを食べさせたくらいである。ようやく大人のメニューとキッズプレートが同時に来たので、自分のハッシュド牛すじを食べながらキッズプレートのハンバーグを取り分け、アップルジュースを見つからないうちに隠す。味わっている暇などない。長男が自分の分を食べ終えた時にまだ大人のメニューが残っていれば、必ず「それもくれ!」となるのである。
食事を急いだ理由は、父に戻る要件があったからでもあった。展示の最中に引き上げるような予定をなぜ入れたのかと思うが、ここは長男の様子を見て急遽変更したせいかもしれない。そんなわけでレストランを急いで出たのだが、これまた判断ミス。朝、家を出る時以来、長男のオムツを変えていなかったのだ。食前もしくは食後にレストランのトイレで変えさせてもらうのがこの場合正解で、5時間以上付けっぱなしのオムツはついに決壊し、ズボンに漏れてしまった。歩きにくそうな長男(それでもベビーカーには乗らない)を何度か抱き抱え(その度に泣いて嫌がられ)、ようやく会場に戻って帰路に着いたのは午後2時頃であった。